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「おのころ神社」のスピリチュアル的な意味、象徴やメッセージ

「おのころ神社」のスピリチュアル的な意味 メッセージ
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「おのころ(白凝)神社」とは、兵庫県南淡路市の沼島(ぬしま)にある神社です。

国生み神話とも関わる、原初の神秘的なパワー溢れる神社です。

ここでは、「おのころ神社」のスピリチュアルな意味や、向き合い方について、詳しく解説していきます。

「おのころ神社」のスピリチュアルでの象徴や意味

「おのころ神社」は、淡路島の南に浮かぶ沼島にあり、祭神は国生みで知られる「伊弉諾(いざなぎ)」「伊弉冉(いざなみ)」です。

尚、淡路島にも、「おのころ島神社」という近い名前の神社があり、こちらでも伊弉諾、伊弉冉は祀られています。

「おのころ」とは、『古事記』や『日本書紀』で語られる島です。

伊弉諾と伊弉冉が、天の沼矛で海をかき回し、滴った滴から出来た最初の島で、ふたりはここに殿舎を建て結婚しました。

おのころ島が実際にはどの島なのかは、はっきりしていませんが、沼島も有力な候補の1つです。

これらから、「おのころ神社」は、縁結びの神社として知られます。

山全体が「おのころさん」と呼ばれるご神体であり、大地と海のパワーにも満ちています。

「おのころ神社」のスピリチュアルメッセージ

「おのころ神社」へ参拝した時の感情にメッセージは顕れます。

向かう道中で、天候などのコンディションに顕れる場合もあります。

「おのころ神社」のスピリチュアル的な解釈

「おのころ神社」のスピリチュアル的な解釈は次の通りです。

「おのころ神社」いい意味での解釈

「おのころ神社」へ参拝した時、よく晴れている、辿り着いても疲れていない、畏怖の感覚、パワーが漲る感じ、身体の奥から熱を感じる、気になる相手の事が強く思い出される、恋人や配偶者と参拝しているといった場合は良い意味です。

「おのころ神社」と相性が良く、パワーが得られ、運命の相手との縁が深まっている状態です。

心に浮かぶ相手との関係がより良いものになっていくでしょう。

「おのころ神社」悪い意味での解釈

「おのころ神社」へ参拝した時、船で酔う、酷い悪天候、参道で転んで怪我する、疲れ切ってしまう、道に迷う、畏怖を通り越して恐怖を感じる、心が押し潰され足が重い、気になる人の悪い想像ばかり浮かぶといった場合は悪い意味です。

今のあなたは「おのころ神社」と相性が良くありません。

伊弉諾、伊弉冉は、本質的に、日本の全ての生みの親であり、敵対するものではありません。

この拒絶は、魂の修行が足りず、運命のステージが低いため起きているのです。

まずは、自分を磨く事を考えましょう。

その際、独りよがりにならず、相手が何を求めているか考える事も重要です。

まとめ

「おのころ神社」は、沼島にある神社で、国生みの神である伊弉諾と伊弉冉を祀っています。

良い意味としては、パワーが得られ、運命の相手との縁も深まっている状態です。

悪い意味としては、まだその段階になっていない、魂の修行不足の状態です。

このような時は、まず自分を磨きましょう。

相手の求める事も考え、独りよがりにならない事が大切です。

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